2020年07月19日

新型コロナと新自由主義 (公共の企業化とウイルス蔓延)

東京新聞が新型コロナ禍と新自由主義との関係について指摘しています。それによると『なによりカネ優先の新自由主義的な政策をこのまま続けるのか否か。これに乗じた多国籍企業の森林開発(破壊)が隔離されていたウイルス株とさまざまな動物種を近づけたことは間違いない。新型コロナは「人災」である。同じように新自由主義は公共的な危機への備えも食い荒らした。保健所は四半世紀前に比べ、ほぼ半減。感染病床は五分の一だ。こうした削減策は「最近、火事が少ないから消防車を減らそう」といっているに等しい。そうした惰性も変えねばならない』とし、『「自粛警察」とか「自粛破り」は、そもそも言葉としておかしい。自粛なのだから、他人様(ひとさま)にとやかく言われる筋合いはない。実態は相互監視にすぎない。しかし、いま必要なのは相互扶助だろう。コロナ後の世界が語られているが「後」では遅すぎる。中小企業の整理など、危機に乗じて新自由主義を加速しようとする企てがある。一方、世界各地で平等やカネとは別の豊かさを信じ、抵抗する人びとがいる。攻防は始まっている』と、「カネ力」に象徴される新自由主義と発想の異なる世界を創造する動きに言及しています。


コロナ禍 揺らぐ世界 攻防は始まっている

東京新聞 2020年7月9日
 やや旧聞に属するが、主義主張とか好き嫌い以前に「こりゃダメだ」と思ったことがあった。新型コロナ禍が深刻化した四月、首相がツイッターに投稿した「愛犬とくつろぐ動画」である。まともな神経ではないなと感じた。

 政治家がそれでも、ひと昔前なら「優秀な」官僚機構に少しは頼れた。でも、それも壊れていた。マスク二枚さえ迅速に配布できなかった。

 経済界はどうか。コロナ以前から大手メーカーでは優良部門を切り売りしている。一時的に株価は上がるが、これは財産の食いつぶしだ。コロナ禍の影響の深刻化はこれからだ。後の世代を考えない経営者ばかりが目につく。

 底が見えない。でも、この新型コロナ禍が反転の契機になりはしないかと夢想する。

 これからは他人任せや自分さえよければ、という振る舞いは通じない。ウイルスには分別も忖度(そんたく)もない。「世界のどこであれ、疫病を放っておいたら、明日はわが身と思わねばならない」。米国のノーベル賞学者(分子生物学)である故ジョシュア・レーダーバーグ氏はそう語っている。

 まず、こびりついた常識を疑うべきだ。例えば、ステイホームで「子どもが家にいると大変だ」という声があふれた。でも親がわが子と一定期間、緊密に過ごせない家族とは何なのか。むしろ、そのゆがみの原因に目を向けたい。

 なによりカネ優先の新自由主義的な政策をこのまま続けるのか否か。これに乗じた多国籍企業の森林開発(破壊)が隔離されていたウイルス株とさまざまな動物種を近づけたことは間違いない。新型コロナは「人災」である。

 同じように新自由主義は公共的な危機への備えも食い荒らした。保健所は四半世紀前に比べ、ほぼ半減。感染病床は五分の一だ。こうした削減策は「最近、火事が少ないから消防車を減らそう」といっているに等しい。そうした惰性も変えねばならない。

 「自粛警察」とか「自粛破り」は、そもそも言葉としておかしい。自粛なのだから、他人様(ひとさま)にとやかく言われる筋合いはない。実態は相互監視にすぎない。しかし、いま必要なのは相互扶助だろう。

 コロナ後の世界が語られているが「後」では遅すぎる。中小企業の整理など、危機に乗じて新自由主義を加速しようとする企てがある。一方、世界各地で平等やカネとは別の豊かさを信じ、抵抗する人びとがいる。攻防は始まっている。(特報部長・田原牧)
posted by ichi3 at 17:45| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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